2021年3月31日、歯科矯正用アンカースクリューの埋入を行った134症例についての臨床統計学的検討が、滋賀医科大学医学部歯科口腔外科学講座の森川先生らのグループによって発表されました¹)。今回は、著者の一人である滋賀県のほりい矯正歯科クリニックの堀井和宏先生に、アンカースクリューを用いた矯正歯科治療についてお話を伺いました。
歯科矯正用アンカースクリューとは?
歯科矯正用アンカースクリュー(以下、アンカースクリュー)とは、歯の移動を速めたり、効率よく移動させたりするための特別なネジで、直径1.3mm~1.6mm、長さ6~8mm程度のチタン製の小さなネジのことをいいます。
人体との親和性が高いチタンを使用しているので、身体に埋め込んでもアレルギー等を発症するリスクが低いとされています。
歯科用インプラントや、元来、骨の骨折に用いられていた骨釘を応用したもので安全性も保障されています。
歯科用インプラントとの違いは?
歯科矯正で用いるアンカースクリューは大きさも小さく、歯を動かす治療が終了すれば外すことが前提となっているため、歯を失った部分に行う歯科用インプラントとは全く違うものです。
歯科用インプラントはインプラント体を歯が欠損した歯列内に埋め込み、人口の歯根として使用するのに対し、アンカースクリューは歯肉や口蓋等に埋め込み、歯を移動するための固定源とします。
歯科用インプラントは歯槽骨と結合するための表面性状を保有していますが、矯正用アンカースクリューは、らせん状のネジ構造を有し機械的に歯槽骨に維持されます。
アンカースクリューを矯正治療に用いる目的は?
従来、歯を動かすには歯に着けた装置から矯正用ゴムをかけ、歯を相反的に動かすか、ヘッドギアなどの補助装置を使用し動かしたくない歯を固定する必要がありました。
しかし、これは動かしたくない歯が想定よりも動いてしまったり、毎日、補助装置を決まった時間装着する必要があったりと患者様の協力が不可欠でした。矯正治療の成否は、患者様の協力が得られるかどうかで大きく左右されることが多かったのが現状です。
アンカースクリューを用いることで、今まで動かすのが難しかった方向に歯が動かせるようになり、治療期間の短縮を図ることが出来ます。
また、アゴの骨を切るなど外科的手術が必要だっだ患者様に対して、外科的手術をすることなく矯正治療が出来る可能性が高くなりました。さらに、非抜歯矯正の可能性が高くなったり、患者様の協力の負担を軽減できるようになったりというメリットがあります。
アンカースクリューを矯正治療に用いるデメリットは?
埋め込む場所やアンカースクリューの種類は、症状や目的によって異なりますが、太い血管や神経などの重要な組織がない部分に埋め込むので、リスクは低く抑えることが出来ます。アンカースクリューの埋め込みは、歯ぐきの局所麻酔で手術を行い、通常、装着後も痛みはほとんどありません。
唯一のデメリットは、成功率が100%ではないということではないでしょうか?
アンカースクリューの埋入後、動揺、感染や脱落などの不快症が起こることがあります。アンカースクリューの不快症は一般的に10~20%くらいで起こりうるとされています。今回の滋賀医大の調査によると、不快症は6.1%とかなり低く抑えられています。
アンカースクリューを用いた矯正治療はどのような症例?
一般的には、上の歯が出ている”上顎前突”の治療がいちばん多いです。その次に、歯がデコボコに生えている”叢生”、前歯が咬まない”開咬”などの症例が挙げられます。
上顎前突症の抜歯症例が多い理由として、アンカースクリューの主たる目的である固定源の強化がより必要になる症例であることが考えらえます。アンカースクリューの他の目的は、近心移動、遠心移動、圧下などが挙げられます。
当院でも、成人の上顎前突の舌側矯正、特に、出っ張った口元を引っ込めたいと患者さんが希望するケースでは高い頻度でアンカースクリューを用いた治療を行っております。
5年間・134症例のうち女性患者様の割合が93.9%?
今回の134症例(5年間)のうち、女性患者様の割合が93.9%と多数を占めていることがわかりました。
東京歯科大学千葉病院矯正歯科・加藤らの報告²)においても、10年間のアンカースクリュー症例187症例のうち女性患者様の割合が80.2%と高いことが明らかになっています。
不正咬合の種類では、上顎前突が半数以上を占めています。永井らの報告³)では、女性の不正咬合の種類は男性と比較し、上顎前突、叢生、開咬の割合が多いとされ、アンカースクリューが適応される症例が多いと考えられます。
当院でも、日本人の骨格に多い下顎が後退した上顎前突の成人患者様が多く、中でも口元の突出を改善したいという女性患者様が多いと感じています。
アンカースクリューを用いた矯正歯科治療例は?
開咬を伴う骨格性上顎前突の女性患者様で、口元の突出の改善を望まれて来院されました。
歯並びの改善はもちろんのこと、横顔を見た時の美の評価基準とされているEライン(エステティックライン)も改善されました。(Eラインは鼻の先端とアゴの先端を結んだ線のこと。)
Eライン(エステティックライン)の変化
患者様詳細
- 考えられるリスク
- 歯の移動を行う際の痛みが生ずる場合がある。
- ブラッシングが十分行わなかった場合に虫歯ができることがある。
- 歯の移動を行うと極めて希に根の吸収が起こることがある。
- 矯正用ゴムを指示通り使用しないと計画している歯の動きが得られないことがある。
- 装置が粘膜を刺激することで口内炎が起こることがある。
- 歯の裏側の装置の場合、装着後数日は発音障害が出ることがある。
アンカースクリュー矯正治療のまとめ
いかがでしたでしょうか?
今回はアンカースクリューを用いた矯正治療について、滋賀県のほりい矯正歯科クリニック・堀井和宏先生にお話を伺いました。
アンカースクリューを用いた治療についてまとめると、
- 歯科用インプラントとは全く別のものである
- 歯を動かす固定源である
- 矯正治療終了後に除去されるものである
- アンカースクリューの埋入は局所麻酔のみで痛みはほぼない
- アンカースクリューの埋入の成功率は100%でない
- ヘッドギア等の補助装置の使用が不要になる
- 今まで難しかった方向へ歯を動かせる可能性が高くなる
- 外科的手術を回避する可能性が高くなる
- 非抜歯の可能性が高くなる
- 治療期間の短縮を図ることが出来る
- 歯並びの改善はもちろん、口元の突出が改善できる
- 総じて、患者様の負担が軽減される
「臨床統計学的検討」を詳しく読みたい方へ
記事監修
ほりい矯正歯科クリニック|堀井和宏先生
日本矯正歯科学会臨床指導医(旧専門医)
滋賀県大津市粟津町4-7 ☎077-533-3741
引用文献
1) 森川温子, 越沼伸也, 砂子智裕, 嶋本純也, 堀井和宏, 山本学:当科における歯科矯正用アンカースクリューの臨床統計学的検討, 滋賀県歯科医師会雑誌, 9:14-16, 2021.
2) 加藤真麻, 岡嶋伶奈, 野嶋邦彦, 西井康, 末石研二:千葉病院矯正歯科における10年間の歯科矯正用アンカースクリューの臨床調査. 歯科学報, 116(1):43-49, 2016.
3) 永井宏人, 平野義雄, 原崎守弘, 一色康成, 瀬端正之:千葉および水道橋における新来矯正患者の動向について. 歯科学報, 90:71-82, 1990.